図書室の海

本好きの感想ブログ

もう一度読みたい!海外児童文学ファンタジー - 古王国記 サブリエル

空前のファンタジーブーム

一時期、児童文学ファンタジーブームが続いた。『ハリーポッターシリーズ』の世界規模のブレイクをきっかけに、各出版社から続けとばかりにこぞって書籍が出版され、高価なハードカバーなのに売れる。二匹目のドジョウ狙いの翻訳本は次々と出版され、海外児童文学ファンタジーブームは加熱していく。

次々と翻訳される本の帯には「映画化決定!」の文字が踊った。いったいどれくらい原作の映画化が進められたのだろう? 確かにヒットした原作の映画となれば、内容やキャストの賛否両論はあれども、インターネット上で原作のファン同士で映画化に関してのやりとりが活発になればなるほど話題性もあがる。また対象年齢を子供まで広げているから普通のファンタジーや SFになじみがない人でも入りやすいしわかりやすい。

ファンタジー映画量産の背景には『ハリー・ポッター』と『ロード・オブ・ザ・リング』の成功があると思う。そして、ファンタジーを視覚化するのに十分な技術が映画製作にそなわったことも大きい。
文字の世界を読み、読者の頭の中だけでの漠然としたイメージだったものが明確にビジュアルとなって動き始める。空想の世界だったものが現実に目の前で映像として現れ、世界を疑似体験できる。それも十分なリアリティをもって。これはファンタジー好きにはたまらない。

その映画の元となる原作で、ハリーポッターの後に出版された本のなかには、正直かなり微妙なものもあったが「これは面白い」と思えるものも多くあった。対象も児童書扱いになっているが大人も十分楽しめる。道徳・説教くささがなく、エンターテイメントとして楽しめるもの。大人でも考えさせられてしまうほどのテーマを扱ったもの。多くは成長物語であり困難を乗り越えていくものだけど、大人でも勇気や元気、優しい気持ちを「そうだったね」と思いおこす。良い作品には大人も子供もないのだ。

そんな海外児童ファンタジーを私も一時期手当たり次第に読んでいた。一作目を読んでなげてしまった本もあるし、他のシリーズまで読んだ作家もいる。かなり時間が経った今になって「もう一度読みたい!」と思った作品をこれから時々取り上げていきたいと思う。

ガース・二クス 古王国記 三部作

まず第一弾は、ガース・二クスの『古王国記シリーズ』
『サブリエル』『ライラエル』『アブホーセン』の三部作。最初ハードカバーで3冊出版されたあと、上下巻の分冊版が出版。すでにどちらも絶版になってしまっていて読めないのが残念でならない(児童書は息の長いものが多い)。
そして、本が手元にないので記憶をたどることしかできないのだが(手放したのが悔やまれる)旅あり謎あり壮絶な戦いありの女の子ががんばるダークファンタジー。

古王国記 サブリエル 冥界の扉(主婦の友社)2002年 ※画像は2006年の文庫版

古王国ー 魔術がさかえ、死霊が徘徊し、冥界への扉がつねに開かれている国。その古王国で、魔術師である父が謎の失踪をしたという。隣国に住んでいる娘サブリエルのもとには、父の剣と魔術の道具が、不吉な化け物の手によって届けられた。古王国でなにかが起こっている-サブリエルは父を捜しに、単身、『壁』を越えて古王国へと旅立った。1995年オーストラリア・ファンタジー大賞受賞、1997年米国図書館協会ベスト・ブック選定。

冥界の入り口と7つのハンドベル

アブホーセン(役職、称号のようなもの)はハンドベルを手に死霊と渡り合う。その場面がなんとも印象深く記憶に残っている。記憶が間違っていなければ、冥界の入り口は暗い川。浅い水の流れの中で、それぞれ音色と役割の異なる7つのハンドベルを駆使して死霊と対峙するのだ。

死霊はハンドベルの音色と水の流れに押し流され、冥界の奥で永遠の眠りにつく。
たとえば、眠りを呼ぶ「ランナ」、聞くものを動かす「キベス」、哀悼のベル「アスタラエル」は鳴らした者の命と引き換えに聞くものすべてを冥界の奥へと追いやる。術者にも何らかの影響があり迂闊には使えないベルもあったりと、通常イメージする"戦い"とは異なっていて特に印象に残っている。

冥界の川といえばギリシア神話から。"7"といえば聖数であり、旧約聖書・キリスト教で意味を持つ数字。また「ドレミファソラシ」の七音でもある。ハンドベルそのものも教会由来と西洋では馴染みのある要素が散りばめられている。

ブームの弊害

第二部の『ライラエル 氷の迷宮』はライラエルが主人公となり、第三部の『アブホーセン 聖賢の絆』へと物語は繋がり続いていく。

アブホーセン 聖賢の絆(主婦の友社)2004年

第一部の『サブリエル』だけでも十分物語を堪能でき、たしかに謎は全て解けていないもののしっかり完結している。世界観といい物語といい映像向きだと思ったが(というか映像で見たい)映画化されることはなく。映画でみたかったなあ…もう今更作ってくれないだろうな。

また、今回の記事を書くのにあたって調べたところ、

  • 前日譚『Clariel: The Lost Abhorsen』
  • 後日譚『Goldenhand』
  • 中短編集『Across the Wall: A Tale of the Abhorsen and Other Stories』
  • 短編集『To Hold the Bridge』

があるようで(全て日本語訳版なし)、映像が無理ならせめて本だけでも読める状態でいてほしい…サブストーリーも読みたい。それこそ「映画化決定!」ぐらいじゃないと既刊復刊と新作出版なんてしてくれないだろうね。もったいない。

ハリーポッターブームのおかげで海外の様々な児童文学・ファンタジーが紹介され日本語で読むことができた反面、普段ファンタジー小説や児童文学を出すような出版社じゃないところからも手当たり次第出たせいで、早々に絶版の憂き目にあうし、重版や続編の可能性もない。
絶版になっている良書を拾い上げてくれる奇特な出版社はないものだろうか。可能性があるとすれば長く児童書を扱っているところとか…

もうひとつ、忘れられないのがハードカバーの装丁がとても美しい本だったこと。マットな質感の紙に金の箔押しでタイトルと飾りが印刷され、油絵だろうと思われる落ち着いた表紙絵。電子版でもいいので、ぜひこのデザインで復刻してもらいたい作品。

〜今日のひとこと。
「復刊希望 and 未翻訳分も…」